「ふつう」の道を歩んでいたシンガポール人の生活
はじめまして、SG Dad JPを運営している者です。
私は、シンガポールでは「堅実で真っ当な人生」とされる道を歩んできました。一生懸命勉強して、地元の大学を卒業し、安定したキャリアを積み、家を買い、子どもを育て、同じような日常を繰り返す。妻と私はどちらも中所得層のHDB(公団住宅)で育ち、親からの援助や近道はありませんでした。地元の学校で学び、シンガポールで働き続け、すべて自分たちの力で築いてきました。
また、性格的な面も大きく影響していると思います。私はINTJ型で、物事の本質、一貫性、目的を大切にします。政治的なやりとりや暗黙のルール、無駄なパフォーマンスが苦手です。私を知っている人なら、私が内向的で、プライバシーを大事にすることを理解してくれています。だからYouTubeでも、自分や家族の顔は出していません。価値観や誠実な考えを通じて、人とつながりたいと思っています。
何かがズレているという静かな気づき
外から見れば安定した暮らしでしたが、心の中では少しずつ違和感が大きくなっていきました。教育の仕事は楽しかったし、やりがいもありました。でも、「今の生活は、自分が長く続けたい生活なのか?」という問いが消えませんでした。妻も同じように感じていました。
周りの人たち——親戚、友人、同僚——を見ていて、ふと疑問を持つようになりました。私たちが「当たり前」として受け入れている選択や習慣。私が今では「シンガポール的な人生のテンプレート(ミレニアル版)」と呼んでいるものです。誰かと対立したいわけではありません。これらの考えは、ただ静かに自分の中に留まっていただけです。でも、それらが自分自身の方向性を見つめ直すきっかけになりました。多くの人が追い求めているもの——より大きな家のローン、果てしないキャリアの向上、子どもをトップ校や習い事に通わせること、年に何度も旅行すること——これらは私にはまったく魅力的に映りませんでした。誤解しないでください。これらは確かに立派な成果です。でも、私にはどこか表面的に感じられました。ただそれらのボックスにチェックを入れるだけでは、心から満たされるとは思えませんでした。
そのとき、ひとつの気づきが浮かび上がりました。既定路線だけが唯一の道ではない。そして、それは私にとって、あるいは家族にとって、正しい道ではないかもしれない。

SG Dad JPの始まり――ブランドではなく、日記として
SG Dad JPは、最初は静かな個人的な日記でした。妻と私が整理していた考えを書き留め、移住の過程を記録する場所。同じように違う道を考えている人にとって、何か興味深いもの、あるいは役に立つものになればと思って始めました。
少しずつ、チャンネルを見つけてくれる人が増えました。シンガポール、日本、そして世界中から。「ペースを落とすこと」「家族との時間を取り戻すこと」「キャリアを見つめ直すこと」「海外で新しい一歩を踏み出すこと」——そんなテーマに共感してくれる人たちでした。
そのとき気づいたんです。
自分は一人じゃなかったんだ、と。
同じように静かに感じている人が、たくさんいた。
それ以来、シンガポールの人、日本の人、いろんな国の人と出会い、同じ価値観を共有する機会に恵まれました。そうした対話が、私をとても励ましてくれました。違う生き方は、誰にでも開かれている——そう思えるようになりました。

なぜ日本か:移住への長い物語(2009年から)
私と日本の関係は、2009年に始まりました。大学卒業後、当時の彼女(今の妻)と友人2人で旅行したときのことです。神戸のレストランで、古いNokia E71で最終学期の成績を確認したのを、今でもよく覚えています。
若くて、お金もなかったけれど、日本は私たちに深い印象を残しました。
社会人になってからは、頻繁に日本を訪れるようになりました。2013年には、年2回のペースで通っていました。友人たちから「次の休みはどこ行くの?」と聞かれるたび、最後には「今回は日本のどこ?」という質問に変わっていきました。観光地だけじゃなく、住宅街や郊外、地方の町、地元のスーパーなんかを歩いて、「ここに住んだら、どんな暮らしになるんだろう」と想像していました。
2015年には日本語教室に通い始め、東京で2週間の語学学校にも参加しました。ペラペラになったわけじゃないけど、日本とのつながりは年々深まっていきました。
2017年頃、「日本で暮らす」という選択肢が、現実的な計画に変わりました。ビザ、物件、ビジネス、資金——いろいろ調べました。でも2018年、北海道旅行中に第一子を授かったことがわかって。日本の夢は一旦後回しになり、親になる道へ進みました。
そして、パンデミック。第二子の誕生。10人のチームを率いる管理職への昇進。引っ越し。——人生は大きな出来事で埋め尽くされました。
でも、日本への憧れは、消えることはありませんでした。


すべてを変えた旅(2023年)
2023年9月、ようやく家族4人で日本へ戻りました。約5年ぶりでした。親しい友人たちは冗談で「やっと帰るんだね」と言いました。子どもたちを連れての初めての海外旅行。それぞれまったく異なる対応を必要とする2人の幼児と一緒です。期待と不安が入り混じっていました。九州での13日間は、バタバタで、疲れて、予想外の連続で——でも同時に、信じられないくらい楽しい旅でした。
そしてシンガポールに戻った瞬間、私たちは大きな衝撃を受けました。妻も私も、これまで経験したことがないほどの精神的な落ち込みに襲われました。これは単なる「旅行後の気分の落ち込み」じゃない、とわかっていました。もっと深いものでした。自分たちが望んでいるけれど、手に入れられていない人生に対する、強い自覚でした。
自分の時間をコントロールできないという感覚。慣れ親しんだ仕事のルーティンと社内の駆け引きに戻っていく重さ。そして気づいたんです。時間があっても、お金があっても、たとえ完全に経済的自立を達成していたとしても、子どもたちに本当に大切だと思う経験や環境を与えることはできないんだ、と。
そのとき、私たちは決断しました。
明確な期限を決めました。
長男が小学校に上がる前に移住する——つまり、2年以内に。
そこからは、場所を調べ、物件を見て、弁護士や不動産屋と話し、ビザの準備を進め、一歩一歩進めました。少しずつ、形が見えてきました。
そして約1年半後、SG Dad JPでの発信を始めました。

手続きだけじゃない:マインド、覚悟、お金の見通し
こういう移住は、手続きや書類を揃えるだけじゃ終わりません。考え方、覚悟、そして確実性を手放す勇気が必要です。
年老いた親のこと、子どもの教育、キャリアの転換、お金、長期的な安定——考えることは山ほどありました。でも、それらすべての根っこには、もっと深い問いがありました。
子どもたちに、どんな生き方を見せたいのか。そして、自分たちがより意味を感じ、後悔の少ない暮らしをするには、何が必要なのか。
長年、人生の一番働き盛りの時期に全力で働いて、65歳で引退して、その後すぐに健康を崩して病気になる——そんな人たちをたくさん見てきました。時間と健康がどれほど貴重か。年を重ねるほど、お金よりもずっと価値があるんだ、と強く感じました。その思いが、「いつか」じゃなく「今」動くことを選んだ、大きな理由のひとつでした。
準備の期間中、迷ったことはなかったか?失うものは大きかったから、内心揺れるだろうと思っていました。でも正直なところ、一度も振り返りませんでした。自分たちが何を望んでいるか、はっきりしていたから。ビザを取る前に、二人で会社を辞めて、日本で家を買いました。視聴者の中には「子ども2人もいるのに、無茶なリスクを取ってる」と思った人もいたかもしれません。外から見れば、そう見えたかもしれません。でも私たちは、とても落ち着いていました。一夜にして、家計の大部分の収入を手放したのに。それは、お金の見通しがはっきりしていたからです。資産の将来像が、明確に描けていました。
お金の見通しを立てることは、本当に大きかったです。長年、シンプルに暮らし、コツコツ貯金し、株式に投資を続け、借金を少なく抑え、資産の全体像を把握し、収入源を複数に分けてきました。運や近道じゃありません。暗号通貨の一攫千金でもなく、規律と自覚、そして明確な方向性です。
その見通しが、移住するだけじゃなく、生き方そのものを再設計する自信をくれました。
もしあなたが人生の転換期にいて、大きな変化を考えているなら、私の「人生の転換期」に関するサービスが、選択肢を整理する手助けになるかもしれません。
そして、お金の状況や長期的な可能性をもっとはっきりさせたいなら、「経済的自立」のページもぜひ見てみてください。

最後に:なぜこの物語を伝えるのか
日本への移住は、シンガポールを否定したり、今まで築いたものを捨てるためではありませんでした。選択肢があることに気づき、恵まれた立場を活かすためでした。人生の前半、シンガポールがくれたすべてに感謝しています。そして今は、その「資産」——お金だけじゃなく、経験や心の余裕も含めて——を使って、家族が本当に望む暮らしを作りたいと思っています。自分たちらしいリズムで、子どもたちに良い環境を与えながら、どこにいても社会に貢献したい。そう考えています。
SG Dad JPは、40歳のシンガポール人が、新しい人生の段階へと考え方をシフトする過程を、できるだけ正直に記録したくて始めました。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。私たちの物語が、少しでもあなたにとっての明瞭さや励ましになれば。あるいは、「違う生き方を望んでいるのは、自分だけじゃないんだ」という安心感を感じてもらえたら嬉しいです。
